第93号:経営計画は、混沌とした現実の中で、変わらぬ「重要なこと」を選び取る基準
「シライ先生、相変わらず毎日せわしないですが、今は『これをやればいいんだ』ということが見えていますから、全く問題ありません」
こう仰るのは、卸売業を営むM社長です。
コンサルティングの序盤、M社長は新しい考え方と新しい仕組み作りに取り組む中で、思考を巡らせながら、時に迷い、時に後戻りしながら進めてきました。そして終盤に差し掛かり、経営計画に着手し始めた頃、M社長の口から出たのが冒頭のお言葉です。
これまで、ひたすら顧客先に営業に出ては商談をし、仕入れ先を回っては良い品を仕入れる。その繰り返しで事業を成長させてきたM社長。売上も事業承継当初からすれば1.5倍にまで伸ばしています。
今では、後継者のいない同業から「事業を引き取ってくれないか」という話まで来ている。事業を取り巻く環境には、確実にチャンスの芽が生まれているのです。
しかしそれでも、「本当にこれを続けていていいのか」という悶々たる思いが消えなかったM社長。毎日の活動は手いっぱいで、活動の割に資金繰りの余裕はなく、経営判断の余裕もありませんでした。
現場にあるものは、混沌である
M社に限らず、程度の差こそあれ、これが中小企業の現場を象徴する現実です。文字通り、現場にあるものは混沌です。毎日毎日、次から次へと違う案件、イレギュラー、突発事象が入り、多くの中小企業では社長自らが船頭に立って指示を出し、時に自ら業務に入っていきます。
「経営計画があっても、そのとおり実行できなければ意味がない」——そんな正論に出くわすことがあります。しかし残念ながら、それは理想と現実を混同していると言わざるを得ません。
現場は計画通りに事が進むこともなければ、計画外のことが起きることの方が、むしろ「普通」なのです。もし計画通りのことしか起きないのであれば、それは間違いなく「停滞している状態」か、「計画という名の予定調和をやろうとしている」かのどちらかです。
事業を良くしようと動けば、必ず計画外のことが起こります。事業を良くするための挑戦的な計画を立て、これを実行していけば、必ず計画外のイレギュラー、計画外のアイデア、計画外の話が降って湧いてくる。計画を実現しようとすればするほど、計画外のことがわんさか出てくる。現実とは、こういうものです。
経営計画の役割とは何か
経営計画は、細かい施策や具体策を羅列した書ではありません。経営計画が目指す場所は「厚利安定型の事業構造の実現」です。今の「綱渡り的な事業構造」から、「将来に渡って安定的なキャッシュフローを生み続けられる自社独自の構造構築」へと変化させていく指針です。それが経営計画によって明示化されるべきことです。
経営計画の役割は「計画通りに事を進めるため」ではありません。計画していないコト・アイデア・ハナシが舞い込んできたときに、それをいかに「厚利安定型の事業構造の実現」へと接続していくかを考えられる状態にしておく―それこそが経営計画という道具の本当の役割です。
儲かりそうな話が舞い込んできた時や、日々の仕事量が増えてきた時、単純に「売上が増えそうだから」という理由で飛びつくのか。それとも「これは、目指す厚利安定構造のどこを強化する話なのか?構造全体のどこにどう組み込みこみ、どこへと繋げるべきか?」を考えながら動くのかーこの違いです。
M社では、販路別の粗利目標があり、販路別の事業方針があります。しかし現実には、粗利の小さい販路からの新規流入もあれば、粗利に関係なく追われるように業務をこなさなければならない場面もあります。
しかし、そうした「方針」と異なる現実の波が押し寄せる中でさえ、「この中から、高粗利販路の比率を増やせる種はないか」「この商談は、どうしたら次の高粗利案件に繋げていけるか」そう考えながら動くのと、「とにかくこの仕事を捌いて、売上を作って」としか考えずに動くのか?結果は大きく変わります。
経営計画の重要性は、日頃の活動、イレギュラーなこと、降って湧いた話——そういった混沌の中で、その事実を、ありたい姿の実現に結びつけるために、思考をアンカリングしておく道具である、という点にあります。
言い換えれば、経営計画とは単なる数字の羅列でもなければスケジュール表でもなく、混沌の中でも「変わらぬ重要なこと」を選び取り続けるための基準なのです。
M社長が「これをやればいいんだ」と迷いなく言えるようになったのは、目の前の仕事量が減ったからではありません。降りかかるすべての事象を、経営計画という基準に照らして判断できるようになったからです。
貴社には、混沌の中でも変わらず立ち返れる「重要なこと」の基準がありますか。それとも、目の前の仕事を捌くことだけに、日々の判断を委ねてしまっていますか。