第107号:経営理念の奴隷になっていないか――理念は、社長がやりたい事業を形にするための道具である

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「シライ先生、セミナーでも本でも、経営理念やミッションが大切だと言われるんです。それで作ろうとはするんですが、『自分の使命は何か』なんて考え始めると、どうにも手が止まってしまって・・・」こう仰るのは、サービス業を営むT社長です。
T社長は勉強熱心な方で、経営者の勉強会にも長く通っておられます。そこで繰り返し聞かされてきたのが、「理念のない会社は伸びない」「ミッションが社員の心を一つにする」という話でした。
そうなのか、とは思う。でも、何だか難しい。立派な言葉を並べてみても、どこかで見たような文章になってしまい、自分の言葉だという実感が持てない。T社長は、そんなモヤモヤを長く抱えてこられたのです。
「経営理念が大切だ」「パーパスが大切だ」。経営について語られるとき、この言葉を聞かない日はありません。
経営理念が大切だということ自体を、否定するつもりはありません。ただ、私は以前から少し気になっていることがあります。経営理念があると、具体的に何がどう良くなるのか。ここが、どうもはっきりしないのです。
経営理念について書かれた本を読んでみると、おおむね次のような説明になっています。経営理念によって会社の共通目的が生まれる。共通目的があることで、組織の目指す方向が揃う。方向が揃えば、社員がより良く動くようになる――。
なるほど。つまり経営理念とは、「会社が何を目指すのか」という目的であると同時に、組織を一つの方向に動かすための手段でもあるわけです。
ここで、少し見方を変えてみたいと思います。中小企業のオーナー経営者にとって、会社とは一体何でしょうか。
もちろん法人としては、社長個人とは別の存在です。しかし、株式を所有し、最高意思決定権を持ち、会社について最終的な責任を負っているのであれば、その会社は実質的に「社長が所有する事業」と考えることができます。言い換えれば、会社とは、社長がやりたい事業を行うための器なのです。
そして、その事業をなぜやっているのかと突き詰めれば、究極的には「社長自身が望む人生を実現するため」というところに行き着くのではないでしょうか。
社会を良くしたい。お客様の役に立ちたい。社員を幸せにしたい。そういう思いを持って経営することは、素晴らしいことです。しかし、それらも含めて、最初にあったのは「これを作ってみたい」「これを売ってみたい」「これを事業にしたら面白そうだ」という、社長自身の意思だったはずです。
だとすれば、少し不思議なことが起こります。
会社にとって、経営理念は「目的」です。しかし、その会社を所有している社長から見れば、経営理念もまた、自分がやりたい事業を実現するための「手段」であるはずです。経営理念は経営の目的でありながら、社長にとっては、同時に手段でもある、ということです。
ところが、経営理念をあまりに崇高なものとして扱うと、手段としての側面も持つ経営理念に隷属する構図になってしまいます。「経営理念に従って経営しなければならない」「理念に反することはしてはいけない」「経営理念を守ることが経営者の使命である」――そんな話になってくるのです。
これは社長からすれば、「あなたの会社を動かすために作った手段に、あなた自身が従いなさい」と言われているのと同じことです。ハッキリ申し上げれば、目的と手段の逆転に他なりません。
経営理念は、船にとっての羅針盤のようなものです。乗組員が迷わず同じ方向へ進むためには、欠かせない道具でしょう。しかし、行き先を決めるのは船長であって、羅針盤ではありません。
社員が増えれば、「何を目指す会社なのか」を共有する必要があります。どんな価値を提供するのか。どんな仕事をするのか。何を大切にして、何をしないのか。これらを明確にすることで、社員一人ひとりがバラバラに動くことを防ぐ。そのために経営理念があります。
つまり、経営理念とは、人を動かし、組織の判断を揃えるための機能として捉える方が、より自然体ではないでしょうか。
そう考えると、経営理念を作るときに、難しく悩む必要もなくなります。T社長が手を止めてしまったのも、無理はありません。「自分の人生の使命とは何か」「自分は何のために生きているのか」「人類に対して何を成し遂げたいのか」。そんな問いから始めれば、誰だって筆が止まります。
そういった「誰が見ても惚れ惚れするような理念」は、最初から無理にひねり出すものではありません。事業経営の中で、社長自身がその尊さを心底感じたときに、経営理念として加えればよいのです。
まず、「自分は、どんな事業をやりたいのか」を考える。次に、「その事業を成立させるためには、社員や組織にどう動いてもらう必要があるのか」を考える。そして、人を動かし、判断を揃え、日々の仕事を一つの方向に向かわせる言葉をつくる。経営理念は、それで十分なのです。
順番を整理すれば、こうなります。出発点は、社長の中にある「これを作ってみたい」「これを売ってみたい」「これで儲けてみたい」「これを事業にしたら面白そうだ」というイメージです。そのイメージを事業として成立させるために、会社という器があり、組織があり、業務があります。そして、それらを一つの方向に向かわせるために、経営理念があるのです。
面白いと思うビジネスイメージがあり、それを成立させる仕組みがあり、そして組織を動かす経営理念がある。オーナー経営者にとっては、この順番のほうが自然なはずです。
社長自身が心から面白いと思える事業だからこそ、こだわりが生まれ、他にはない価値が磨かれ、その価値に見合う価格を自らの手でつけられるようになる。借りものの理念から事業を組み立てても、そこに生まれるのは、どこかで見たような横並びの事業なのです。
T社長にも、理念の言葉はいったん脇に置いて、「どんな事業をやってみたいか」を語っていただきました。すると、それまでとは打って変わって、話が止まらなくなったのです。「理念から考えようとしていたから、難しかったんですね。やってみたい事業の話なら、いくらでもできます」とT社長は笑います。
経営理念は、神棚に飾って拝むものではありません。ましてや、経営者自身が人生を捧げて守らなければならない絶対的なものでもない。自分がやりたい事業を形にするために、社長が使う道具です。
だから、事業をもっと良くするために必要なら、理念だって変えていいし、事業が変われば、理念が変わることもあるのです。社長が「こっちのほうが面白い」と思えば、方向転換したっていいのです。
経営理念を大切にすることは素晴らしいことです。しかし、経営理念より、社長がやりたい事業のほうが大切です。弊社は、そう考えています。
あなたは、立派な理念をつくらなければと、自分がやりたい事業の話を後回しにしていませんか。それとも、やりたい事業を形にするための道具として、経営理念を使いこなしているでしょうか。
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